けあぷらの泉

ファイル2 被災地とのパイプ役 語り次ぐのが使命 歌声喫茶オアシス代表 木村早苗さん

2014年から毎年、東日本大震災の被災地に足を運ぶ木村早苗(きむらさなえ)さん(73歳)。

地域住民から寄付された義援金を現地に直接届けるためだ。
行ったからには現場の想いや現状を伝えなければ…と思っている。

合同歌声喫茶で募金

募金活動に携わるようになったのは、2014年に合同歌声喫茶の実行委員長になってから。
アコーディオンの伴奏に合わせて皆で合唱する合同歌声喫茶は、2010年より毎年5月に旭公会堂(旭区)で開催される。
横浜市旭区内の複数の地域ケアプラザで開催される歌声喫茶が旭公会堂に一同に会する場でもある。
震災後、何かできることはないかと、休憩時間に募金活動をスタート。
毎年、前年の募金をどこに届けたかを被災地の現状とともに映像を交えて自ら報告もする。
「どこに届けたかはっきりするので安心して募金に協力できる」という参加者の声も多く、昨年の募金総額は18万円を超えた。
これまで届けた先は、宮城や福島の市役所、子育て支援団体、ボランティア活動センター、NPO法人など10カ所以上に上る。

合同歌声喫茶

合同歌声喫茶で被災地訪問報告する木村さん

合同歌声喫茶での募金活動(旭公会堂)

旭公会堂入り口で募金活動

語り部として自覚

初めて義援金を届けたのは2014年11月。
横浜市今宿地域ケアプラザ職員と車に同乗し、陸前高田市と南三陸町を訪れた。
震災で全壊した陸前高田市の市庁舎はプレハブ、図書館は小さなログハウスだった。
市庁舎で職員と話をしていると「私は横浜の西区から来ています」。
コピー機のところで仕事をしていた女性が話しかけてきた。
人手が足りず横浜市から陸前高田市に応援に来ていた職員だった。
横浜から来たことを知り、里心がついたのか「帰りたい…」と泣き声のような切実な言葉を続けた。
山を切り崩し建てられた仮庁舎は辺りに何もない。
ケアプラザ職員の後ろで何も分からず、ただ頭を下げていたが、この時、むくむく使命感が湧きあがる。
「ご苦労をきちんと伝えなければ」と気持ちが切り替わり、語り部として目覚めた。

陸前高田市・プレハブ市庁舎

陸前高田市に義援金を

陸前高田市・ログハウスの図書館内

陸前高田市の図書館に義援金を

エネルギーをもらって

「ママサークルもこもこ」と「託児所VOICE」の代表と

次に訪ねた南三陸町では、若くパワフルな女性たちに元気をもらった。
「義援金をいただくばかりでは申し訳ない」と代表自ら津波の被害について語ってくれたのは「南三陸町ママサークルもこもこ」。
2013年に長崎から南三陸町を訪れ、お母さんたちの力になりたいと託児所「一般社団法人VOICE(ボイス)」を立ち上げ奮闘するのは、まだ20代の女性だった。
穏やかでにこにこしながら自分たちの思いを遂げている姿に勇気づけられる。
「他人事ではない。私もバアサンをやってる場合じゃない」と。

津波被害について語る「ママサークルもこもこ」代表

託児所内

放射能の影響

2015年は、放射能の影響でなかなか復興が進まない福島県へ。目指すは南相馬市。
福島第一原発が近づくにつれ「帰還困難区域につき通行制限中」「除染作業中」の表示を目にするようになる。
2014年9月より自動車に限り通行自由になった国道六号を走り、「車を降りてはいけない」「窓をあけてはいけない」という看板に、見えない放射能の恐怖をおぼえた。
住む人が帰ることをも拒む家々の入り口はゲートに覆われ、割れた1階の窓ガラスからカーテンがひらひらと風に揺れていた。
ときどきプレートに放射線量数値が表示されている。
震災後5年経過しているにもかかわらず、除染による廃棄物を詰めた黒いビニール袋が山積みされた田園風景の中をトラックやパトカーが走る異様な光景に「一体これがいつまで続くのか…」と胸を痛めた。

高速道路の放射線量表示

除染作業中の旗

家々の前にゲートが…

津波による被害

ビニール袋に入った廃棄物

一緒に笑い楽しむ

南相馬市役所、放射能測定センター、南相馬市ボランティア活動センターと回る中、嬉しかったのは障害者の作業所「えんどう豆」を訪ねたとき。
「子どもたちが大喜びして歌や踊りで迎えてくれ、一緒に笑い、大騒ぎして本当に楽しかった」。
震災当時は、障害者は騒ぐからと避難所で敬遠され、作業所に戻ってきた経緯がある。

南相馬・桜井市長と

ボランティア活動センターで

放射能測定センターで

作業所「えんどう豆」のみなさん

歌声喫茶の出前

南相馬市仮設住宅訪問

翌年2016年には、NPO法人「つながっぺ南相馬」(小高区)が運営する仮設住宅集会所を2カ所回り、歌声喫茶の出前をすることに。
皆で「誰か故郷を想わざる」を歌うとハンカチで目頭を押さえる人、自分のこれまでの人生を語る人も…
車中から見えた広々した敷地に建つ大きな家々でのこれまでの豊かな暮らし、相反する仮設住宅での不自由を想像し「心を寄せなければ…」と思った。

仮設住宅集会所

歌声喫茶の出前

騎馬武者行列を再開した小高区

2017年7月29日、福島県相馬地方の伝統行事で国の重要無形民俗文化財「相馬野馬追(のまおい)」が開幕した。
このとき注目を浴びたのが南相馬市小高区。
原発事故に伴う避難指示が1年前に大部分解除された小高区が7年ぶりに騎馬武者行列を再開、小高神社に武者姿の人々が集まり出陣式が行われたことが、新聞に報じられた。
義援金を届けるため7月27日から3回目の南相馬市訪問をしていた木村さんは、この出陣式をまのあたりにし
「まるで時代劇を見ているよう。どれだけ念願だったかと思うと感動もの」と振り返る。

出陣式

 

駅前通りを行軍

復活した秋祭りにも参加

おだか秋祭り

小高区では夏の野馬追に続き、秋祭りも復活することをNPO法人「つながっぺ南相馬」から聞き、「是非一緒に参加して応援したい」と10月に再び、南相馬へ。
好評だった歌声喫茶の出前をイベントの一環として実施。
突然メインステージに招かれ、義援金のお礼を言われ、温かい拍手を浴びた。
震災から6年経ち助成金が打ち切られつつある状況を知ることになる。

歌声喫茶の出前

メインステージで

人が大好き

今宿地域ケアプラザで月1回開催される「歌声喫茶オアシス」の代表を務めて8年になる木村さん。
2007年、今宿地域ケアプラザが歌声喫茶を立ち上げた当初、アコーディオン奏者を紹介したり、歌集作りを手伝ったのが縁で仲間が増え、地域住民と運営を引き受け、代表に就いた。
「人が大好き。見ず知らずの人たちが集い、歌を楽しんでもらえ嬉しい。自分を生かせる場所として活動している」と。

自分で感じ、伝える

合同歌声喫茶の打ち合わせ

今年も合同歌声喫茶の準備が始まり、恒例の募金活動、被災地訪問も予定している。
「実行委員長だから訪問するのではない。誰かが実行委員長をやってくれても私は東北に行きたい。自分で感じることはテレビで見るのとは違う。体験するということは何にも代えがたい」
「出会いがあり、それを受け止め、自分で感じるからこそ伝えられる」と思いは熱い。

語り部として被災地と私たちをつないでくれる木村さん。
4人姉妹の長女で「みんなまとめて面倒みようという気持ちが強い」そうだ。
宝塚、ディズニーなど「きらきらしたものが大好き」で、「やったことないことは面白い」と57歳で自動車運転免許を取得したチャレンジャーでもある。
昨年、陸前高田市に新しくできた立派な図書館を偶然、テレビで見た。
「是非、行ってみたいし、もっともっと応援したい」。
復興庁によると、東日本大震災の避難者は、約7万3千人(2018年2月13日現在)に上る。福島県では原発事故などにより、約3万4千人が県外での避難生活を余儀なくされている。

(2018年3月記)