けあぷらの森

ファイル3 「人が好き」が原動力 元気の素は、みんなの笑顔 横浜市旭区民生委員児童委員協議会会長 大越由美子さん

希望が丘東地区で33年間務めた民生委員児童委員を、今年11月に退任する大越由美子さん(中尾在住・76歳)。
地域の人には「来てくれると安心する。また来てね」、民生委員の仲間からは「そんなに元気なのにどうしてやめるの。やめても全部聞くから」と、信頼されています。
スケジュールが一杯で、日曜日でさえ月に2回くらいしか休めないという忙しい中、都合をつけてくださりインタビューしました。

仕事を退職し民生委員に

インタビュー中の大越さん

町内会長に声を掛けられ民生委員になったのは43歳のとき。14年間働いた病院受付・医療事務を退職し、引き受けました。理由は、人との関わりが大好きで、責任をもって役を務めたいと思ったから。
43歳の若さで自ら老人クラブに賛助会員で入会し、会計係となりました。「高齢者と関わらせていただくことで分かることがある。どんな方が何を望んでいらっしゃるか知りたかった」

厚生労働大臣功労章

当時、担当した世帯数は約470。平成5年に希望が丘地区が3つに分かれ、希望が丘東地区になってから現在まで約230世帯を受け持ってきました。
昔は、民生委員=生活保護というイメージが強く、近所に気付かれないよう夜、訪問したこともあります。

人と関わり笑顔に出会う喜び

福祉タイムズの表紙を飾ったことも

福祉タイムズの表紙を飾ったことも

やがて仕事が理解され、道で声を掛けられたり、訪問先で帰してもらえず3時間在宅することもあったとか。
両手を握られ話をされ、会議に遅れたことも。信頼感を築くのに大切なのは、人のうわさ話をしないことだそうです。
つらかったことについて尋ねると、「一度もつらいと思ったことはない。毎日が楽しいのは民生委員になったから。人と関わり相手の笑顔に出会えることが生きがいで、私に向いていた仕事」と、昔を振り返ります。

厚生労働大臣との懇談

厚生労働大臣と懇談したときの写真

厚生労働大臣と懇談したときの写真

中でも思い出深いのは、全国民生委員児童委員連合会事務局を通じて依頼があり、厚生労働大臣に民生委員として日頃の活動について話をする5人のメンバーに、全国から選ばれたこと。
平成17年2月に霞が関の厚生労働省大臣室を訪ねたときの写真は、今でも大切にしています。

コーラスグループ「ひばり会」の立ち上げ

今宿音楽祭にて、ひばり会の皆さん

今宿音楽祭にて、ひばり会の皆さん

一人暮らしの住いを訪ねたときに、「テレビ以外に音がなく、話すことも歌うこともない。どこかで歌えないか」と相談されたのがきっかけで、コーラスグループを立ち上げました。
6つの自治会に回覧板を回してメンバーを募集し、平成元年に57名でスタートしたのが「ひばり会」です。
多いときは120名にもなり、現在は65名ほどで、月2回の練習を重ね、特別養護老人ホーム旭ホームに、コーラスの出前と交流をしています。
音楽大学志望で、歌うことが大好きな大越さんだからこそ実現した、歌を通じた仲間作りの場でした。

ジュニアボランティア事業の立ち上げと継続

サマーフェスタにて、濱区長とジュニアボランティア

サマーフェスタにて、濱区長とジュニアボランティア

「私の置き土産。いつまでも続けてほしい」と強く思いを寄せるのがジュニアボランティア体験事業です。
民生委員としてさまざまな事業を企画する中、介護保険が施行された平成12年に旭区でスタートしました。
高齢化社会だからこそ、子どもたちに目を向けなければと考えたそうです。
旭区内の全小学校から応募した5、6年生が、民生委員と一緒に、8月から12月にかけて老人ホーム訪問や子育てサロンの手伝い、赤い羽根共同募金などボランティア活動や地域行事を体験します。
12年前、小学校の校長会で説明。保護者の了解を得て、区内の全小学校に募集要項を配布し、151名集まったときのことを振り返ります。

子どもの成長がうれしい

林市長、ジュニアボランティアの皆さんと一緒に

林市長、ジュニアボランティアの皆さんと一緒に

当時は「教育委員会ならまだしも何故、民生委員に言われなければならないのか」と言う校長もいましたが、今では「こんないい事業はない。学校では教えられないことを体験できるので、是非続けてほしい」と期待されています。
何よりうれしいのは、成長した子どもが声を掛けてくれること。神奈川県立二俣川看護福祉高等学校で、民生委員の仕事について話をしたとき、クラスの35人中、5人がジュニアボランティアの経験者だったと目を細めます。
残念なのは、旭区独自の取り組みであること。一昨年、林文子横浜市長が、現場で聞いた意見や提案を市政に生かす市の事業「ぬくもりトーク」で、今宿地区センターを訪れたときのこと。
ジュニアボランティアの子どもたちを交えて意見交換した市長は、「ジュニアボランティア事業が、横浜市全区で展開できるとうれしいですね」と話しました。

大家族に囲まれて

生まれは、福島県会津若松。会津自慢は、実直で思いやりのある気質。祖父は、漆器組合の組合長を務め、寺院建立に携わったという漆職人。
父が跡を継ぎ、曽祖父から4世代の家族の他、泊りこみの弟子、貸している部屋の住人など、血縁の有無に関わらず大家族の中で育ちました。早朝6時、10時、3時とお茶の時間に人が集ったとか。
5人兄弟の第1子で長女ということもあり、弟や妹の面倒をみたり、雑巾がけなど家の手伝いに忙しかったそうです。
横浜に嫁いでからも、多いときは9人という大所帯、現在も息子夫婦と2世帯で賑やかな暮らしぶり。

ぼけっと過ごしたいが…

お楽しみ会で指揮をとる大越さん

お楽しみ会で指揮をとる大越さん

暇がないので現在、趣味はありませんが、昔は、子どものセーターや洋服を作り、娘さんのウェディングにはブーケやティアラを手作りしたという手芸好き。
ソフト、卓球、テニスなど球技を中心に、体を動かすことや習字、そろばんも得意でした。
「ほっとする時間が欲しいけど、何も考えずにぼけっとしたら2日で飽きちゃう。あとは老人クラブのみんなと楽しくやりたい」

古きを大切に、新しきを吸収

支え合える地域になってほしい

支え合える地域になってほしい

好きな言葉は「温故知新」。
古いものを大切にしながら、新しいことをやっていくのが大越さん流。
高齢者の言葉には、いつも感服するばかりで、後から、こういうことだったと分かることも多いそうです。
そういう中、「毎日が勉強で、新しいことを吸収しなければならないのが民生委員の務め」と、気を引き締めます。
地域に対する思いは、人一倍。困ったことがあったら、「大変」「手伝って」と気軽に話せて支え合える地域になってほしいと、ここまで頑張ってきました。

実は、大越さん、この施設の生みの親でもあります。
この辺りがまだ雑木林だった頃。近くにみんなが集まれる大きな施設が欲しいと、陳情書を役所に持参しました。
当時は、まさかここに今宿地域ケアプラザが建設され、雑木林こそなくなりましたが、地域のみなさんが育ててゆく「けあぷらの森」が登場するとは、誰が想像したことでしょう。
民生委員を退任なさっても、地域のみなさんと「けあぷらの森」で、心ゆくまでお茶を飲みおくつろぎください。

(平成25年5月記)