けあぷらの森

ファイル9 震災で実感した「無常」 こつこつ続けたいコーヒー職人 「熟年カフェ・よったも」マスター 新家道敏さん

「熟年カフェ・よったも」は旭区白根の住宅街にある。
今宿地域ケアプラザで月1回開催される「くつろぎカフェ」でおいしいコーヒーをいれるマスター新家(しんか)道敏さん(74歳)が、ひとりで切り盛りする小さなカフェだ。

1杯200円の本格コーヒー

珍しい水出しコーヒー

珍しい水出しコーヒー

友人と2人で訪ねたのは1月。住いの庭に設けられたサンルームのような明るいスペースにテーブルが3つ並ぶ。
カフェラテを注文すると、マスター自らトレイにクッキー付きで運んできてくれた。
座って庭を眺めていると、枝にさしたミカンを目当てにメジロが来訪。窓越しだが手が届くほどの距離だ。
きれいな庭は妻、正子さんの手入れによるもの。調理場の仕切りを木で手作りしたり、窓ガラスに紫外線除けフィルムを貼ったりするのは新家さんだ。
しばらくすると夫婦が2組、女性が1人、ぽつりぽつりと来店。いつものようにちょっと立ち寄ったという風情だ。
近所に住む女性は「ここのカプチーノが一番おいしい」とうれしそうに話す。

退職前にフランチャイズ店と契約

おしゃれな内装の熟年カフェ

おしゃれな内装の熟年カフェ

もともと大のコーヒー好き。コンビニでも喫茶店でも「ついつい飲みたくなる」と。
54歳のとき、勤務先(京橋)近くのフランチャイズ店に入った。
1台のマシンだけで小さいながら商売していることに興味をもち、その会社に電話し、店舗をもつ契約をした。
それまで広島、富山と単身赴任が10年続き、「もう単身赴任はいやだ」と思っていた矢先だ。

55歳で会社を退職。最初は品川図書館の下に店舗を構え、次に品川の天王洲アイルに店を移した。
経営は順調だったが体力的に限界を感じたのは66歳のときだった。

職人的な仕事に憧れ

お嫁さん手作りのウェルカムボード

お嫁さん手作りのウェルカムボード

2007年5月。散歩している人が気軽に立ち寄れる場所、街に出かけなくてもおいしいコーヒーが飲める所があってもいいと、自宅をリフォームしてカフェをオープンした。
自分でコーヒーを飲みながら静かに待ち、訪れた人にコーヒーをいれる。
そんな「職人的な仕事」を思い描き、コーヒー職人として新しいスタートを切った。
営業日は火曜日、木曜日、土曜日の週3日。60〜90代の人が1日平均10名ほど訪れる。
午前は男性、午後は女性グループが定番で常連の夫婦も多い。
今年、タウン誌の人物紹介欄に新家さんが掲載され、「見たわよ」と懐かしい人が顔を見せることも。

うれしいのは…

入り口には両サイドに手すりが

入り口には両サイドに手すりが

まず「来てくれること」。そして訪れた人に「おいしい」と言われること。
おすすめはカフェラテやカプチーノ、エスプレッソ。
立ち寄るのは、学者、教師、韓国に詳しい人、ちぎり絵の先生と、多彩なビジネス経験や趣味をもつ熟年世代だ。
健康や病院に関する話題から、便利な介護タクシーや買い物を依頼できるボランティアまで、暮らしに役立つ情報が自然と集まる。
門を外して入りやすくし、つえをついてくる人があれば手すりをつけ、熟年を労わり、招き入れる心遣いで、「熟年カフェ」の看板に偽りなし。

職人の技と心意気

コーヒー職人としての職人技は、白根地区センターの祭りで証明済みだ。
職員に頼まれコーヒーをいれたところ、1日で以前の3日間分を売り上げた。
コーヒーの原液を作って持っていき、湯で割るという新しい手法を編み出し、さめてもおいしいと好評だった。

コーヒー講座の講師として活躍

美味しいコーヒーの淹れ方講座で講師を務める

美味しいコーヒーの淹れ方講座で講師を務める

「私、何も言いませんから、もっとご自分でやってみてください」
今年、ケアプラザで主催した「美味しいコーヒーの淹れ方講座」で講師を務めた。
豆の種類を変えて、ミルで豆をひいて、ドリップ式やサイフォン式とさまざまな淹れ方を伝授。
参加者自ら何度も淹れて飲んでみる実践型で「教える」という感覚はなく、参加者に「先生の方がおいしい」と言われ「こっちが不思議なくらい」と話す。
職人の技は、見て盗んで覚えるものに違いない。

原発事故で帰りたくても帰れない

父親の実家が福島県双葉町で、小学1年生から高校3年生まで双葉に育った。6人兄弟の4番目。
親戚が亡くなり、通夜でいわき市と新しく建て替えた双葉の本家を訪ねて帰った翌日、横浜の自宅で震災にあった。
親戚、友人に電話をかけ、双葉町の人々が最初に避難した埼玉県のスーパーアリーナに足を運び、親戚や友人の無事を確認したが、建て替えたばかりの双葉町の本家は流され、今はない。
「黒い壁のような波が押し寄せた」「夫妻で車に乗っていた同級生は妻を失った」
聞いても信じられない話を後から耳にすることになる。
その後は、避難先で「農業を営んでいた人たちがやることがない」「畑を借りて作業をしている」
そんな状況を知るにつけ心痛めた。

非日常が日常

くつろぎカフェで奥様と

くつろぎカフェで奥様と

震災をきっかけに「何が起こるか分からない」「非日常的なことが日常になることはいつでもある」と実感し、瀬戸内寂聴の「無常」という言葉が身に沁みるようになった。
退職直後は、会社で身に付いた効率を求める習慣から、まっすぐ歩かず道草をくうような生活になじめず、腹を立てた。
しかし、今は「何でも受け入れられ、待てるようになった」と。
目に浮かぶのは、子どもの頃に過ごしたきれいな海と砂浜、松林の風景…

自宅カフェを開くかたわら、居合とスポーツ吹き矢を習い、「くつろぎカフェ」でコーヒーボランティアと忙しいが、上白根地域ケアプラザでもコーヒー講座を受け持った。
「私にできることはコーヒーを生かしたこと。ずっと続けたい。『熟年カフェ・よったも』に寄ってたもれ」

(平成26年8月記)

※参考
帰還困難区域と避難指示解除準備区域に指定され、26年8月現在、7032人が避難状況にある双葉町。いわき市に役場機能を移した双葉町公式ホームページによると、7032人の避難先は、福島県内が4055人、県外は2977人で、神奈川県には197人が住む。