けあぷらの森

ファイル11 家族会や地域に支えられ忘れても心は生きてる認知症 「認知症の人と家族の会・神奈川県支部」世話人 「若年認知症家族会・彩星(ほし)の会」世話人 三橋良博さん

若年性認知症の妻、芳枝さん(62歳)を10年以上介護する三橋良博さん(62歳・旭区東希望が丘在住)。
認知症を隠さずオープンにすることで地域や仲間に助けられた。
同じ境遇の家族や支援する人、介護専門職に役立つならばと講演会で自らの体験を介護者として語る。

偏見をもたないで

ケアプラザでの講演会

ケアプラザでの講演会

若年性認知症とは、65歳未満で発症するアルツハイマー病、脳血管性認知症などの総称。
「認知症は脳の病気で、がんや糖尿病と同じ。恥ずかしくない。偏見をもたないで」と講演会で参加者に訴える。
現在は、文具開発など自営業をひとりで切り盛りするかたわら、58歳のとき要介護5で入院生活になった芳枝さんを病院に訪ね、夕食の介助をするのが日課だ。
着替え、トイレなど全てに介助が必要で、会っても夫と認識できない。
しかし、一番優しく大好きな人だと分かり、会えばパッとうれしそうな表情になる。
「その笑顔に癒やされる」と三橋さん。

52歳で若年性認知症と診断

出会った19歳のころ

出会った19歳のころ

19歳のときにアルバイト先で知り合い、23歳で結婚。
診断がはっきりせず苦労もあった。
45歳のとき心療内科でパニック障害と診断され、頭痛、吐き気、拒食、倦怠感など体調不良やうつ状態が続き、物忘れが始まった。
「私、馬鹿になったみたい」
不安の中から出た芳枝さんの言葉だ。
52歳で若年性認知症(アルツハイマー病)と診断され覚悟を決めたが、介護拒否、暴言、暴力、徘徊、妄想、異食に悩まされた。
高速道路を歩いていて警察に保護されたり、踏切に入り電車を止めてしまったこともある。

心のよりどころ

家族会で出かけた長屋門公園

家族会で出かけた長屋門公園

助けられたのが同じ病の家族をもつ家族会だ。
診断の翌年「認知症の人と家族の会・神奈川県支部」と「若年認知症家族会・彩星(ほし)の会」2つに入会。
家族同士で情報交換や悩みを相談し、心のよりどころとなる。
芳枝さんと2人で参加し、「よこはま動物園ズーラシア」や「県立四季の森公園」に出かけ、フリスビー、バドミントンで体を動かし、楽しい時間を過ごした。

頼りになる近隣

ケアプラザで満席の講演会

ケアプラザで満席の講演会

地域の人たちにも支えられた。
心配した隣人に「どうしたの?」と尋ねられれば隠さず伝え、運動会後の町内会の親睦会で「認知症でこれから暴言や徘徊があるかもしれないが見守ってください」と打ち明け、「よく言ってくれた」と励まされた。
「はっきりしないと周囲は手を差しのべられない。病状を伝えれば、助けてくれる人はたくさんいる」と三橋さん。
その後、「駅を歩いていたのを夫が見かけたが大丈夫?」と電話をくれたり、ひとりで歩いているところを見つけた女性が送り届けてくれたこともある。
「地域の人に力を借りたら、違う形で返せばいい」
近くにある神奈川県ライトセンターを訪れる目の不自由な人に自然に手を貸せるようになった。
また、入会した2つの家族会で世話人を務める。

ブログで交流

ブログには芳枝さんの夕食と三橋さんの夕食がアップされる

ブログには芳枝さんの夕食と
三橋さんの夕食がアップされる

日記のつもりで始めたブログ「若年性アルツハイマー介護日記」
薬や診察、症状や対応について書くうち、読んだ人からコメントをもらうようになった。
「同じように対応したら介護拒否がなくなった」とメールが入り、うれしかった。
「夜中に殴られ、つらい」と書けば「奥様をハグしてね」とアドバイスが。
「妻の誕生日だ」とつぶやくと「花をプレゼントしてますか」と言われ、芳枝さんに花をプレゼントし喜ばれた。
管理人名「スリブリ」は名字「三橋」を英語読みした「スリーブリッヂ」から名付けたもの。
名前も顔も知らない愛読者から「今日は、ブログから元気をもらっているスリブリさんに会えるのを楽しみにして来た」と会合で声をかけられたことも。

息子の結婚を祝う

匠さんの結婚式

匠さんの結婚式

芳枝さんが入院生活になって2年目のこと。
息子、匠(たくみ)さんが結婚することになった。
出席は無理と諦めていた結婚式だが、長く家族付き合いをしてきた高校時代の仲間たちの力で、芳枝さんも出席することに。
当日、芳枝さんのドレスアップや化粧、介助をしたのは仲間やその奥さんたちだ。
晴れやかな場所でウキウキした様子の芳枝さんは、「たくみ」と呼びかけ息子を抱きしめた。
普段は息子と認識できず名前すら分からないが、満面の笑みで息子を祝福したという。
「認知症は何も分からないダメな人ではなく、豊かな心や人に感謝する気持ちは残されている」

受け入れることが大切

三橋さんが編集したり紹介された冊子やパンフレット

三橋さんが編集したり紹介された
冊子やパンフレット

若年性認知症で一番つらいのは本人だ。
特に初期から中期にかけて、自分で物忘れや失敗に気付き苦しみ、認知症と診断されても受け入れられない。
介護保険制度を利用するためケアマネジャーが介護認定調査に家を訪れたとき、芳枝さんは部屋に閉じこもり出てこなかった。
まともに言い合い、けんかになったことも少なくない。
大切なのは、家族が認知症を受け入れること。
「その人が生きてきた歴史は変わらず、それまでの人生が素晴らしい。治ることはないが、介護の仕方で安定は保たれる」

どんなときにも喜びが…

三橋さんが心掛けているのは、「楽しいね」「うれしいね」と肯定的に話すこと。
病院では車椅子で外に連れ出し、空や花を見せて「青いね」「きれいだろう」と声をかける。
三橋さん自身、精神的な病気を抱え、服薬している。
今も88歳で要介護3の母を自宅で介護。
2年前は父も含め3人を介護していた。
しかし、そのときそのときに小さな喜びを見つけるのが三橋さんの生き方。
なによりの財産は、介護を通じて出会った優しい人たちだ。
病院を訪ね芳枝さんの笑顔を見て帰宅し、自ら調理し晩酌をするのが至福のとき…

若年性認知症は、若いゆえに本人が仕事を失い経済的な負担が大きい、高齢者向けの施設に適応できず居場所が少ない、見た目では分からず理解されにくいなど問題が少なくない。
最近は、若年性認知症である本人たちが理解を求め社会を変えようと声を上げ、テレビや新聞で紹介されるようになった。
不安の中でも尊厳を持ち前向きに生きようとする姿が印象的だ。

(平成27年2月記)