
習字教室指導者
本間かず子さん
人間として、書を志す人として尊敬していた義母に「あんたに書は向かんわ」と言われた。
しかし、義母亡きあとに書を始め、練習に励む。
あるときは書に支えられ、現在は書を指導し、その魅力や奥の深さを伝える。
向かないわけ

葉書には、ますにぴったり収まる角ばった文字が整然と並ぶ。
本間夫妻の結婚と新しい住まいを知らせるために、妻自ら手書きしガリ版刷りしたもの。
「書は筆をばねのように使い、肩の力を抜いて上下運動でゆったりと書くもの。ダイナミックに書くことで躍動感ある字、丸みを帯びた線になる」
今でこそ、書の先生として指導の際によく話すことだが、書を学ぶ前は知らなかったこと。
角ばった字を知る義母から「書は向かない」と言われたゆえんだ。
使命感
「かず子さんと私はこんなに仲がいいの」と入院中の義母に、夫を前にベッドの上で抱きしめられた。
多くの人に慕われ見舞いや花が絶えず、長男の嫁として傍らで過ごす。
68歳で病に倒れた義母に代わり受け取った賞を病院に届けると、ベッドに正座してお礼を言われた。
「かず子さん、もう書が書けんようになった」とやせ細った手をかざし、涙を流す姿に胸を痛めた。
義母を亡くしたあとに残されたのが、練習のためにそろえた書の道具とたくさんの本だった。
寝る間を惜しんで書に取り組む姿、書けなくなったつらさを思い「誰かがこれを次の世代につなげなければ…」と使命感がわきあがる。
義母が習っていた先生に書を学び始めたのは37歳のこと。

受賞した義母の作品



魅力的な世界

お気に入りの自分の作品と
幸い先生の教室は、義父の家に近かった。
義父の食事の準備、掃除など生活のサポートで忙しかったが、書を学ぶ楽しさで乗り越えられた。
「帰ったらあそこを頑張ってみよう、気を付けてみよう」と練習。
練習を重ねれば必ず上達する。線、文字が変わるのを実感。
魅力にとりつかれた。
自然の中で育つ

瀬戸内海の余島にて義父母と家族旅行
昭和21年、長野県中野市に7人きょうだいの4番目、長女として生まれる。
唱歌『故郷』誕生の地で虫を捕え、野の花を摘み、山や田畑で遊んだ。
兄に連れられターザンごっこ、チャンバラごっこのお姫さまに。
自然の雄大さと不思議さを肌で感じた。
子どもの気持ちをしっかり受けとめられる大人になりたいと大学で幼児教育を学び、幼稚園に勤務。
24歳で結婚し、義父母の住む兵庫県神戸市の須磨に移る。
人生のトンネルに
「書を続けていると、悲しいこと、つらいことを乗り越えられる」と習字教室でよく話をする。
自らも書に支えられた。
平成元年、自宅で習字教室をスタート。
翌年、幼稚園に勤務し習字教室も続け、園でも教室でも親や子どもに信頼され充実した日々を送る。
しかし、根っからの頑張り屋があだとなり体を壊した。
幼稚園を退き、習字教室を閉じて休養をとったとき、
筆をもち何度も書いたのがサムエル・ウルマンの詩「青春」だ。
繰り返し練習し暗唱するほどに。
「青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ……」
何回も書くうちに、その精神までもが心に反映された。

丹精こめて書いた作品



自宅で習字教室再開
1年後に体が回復し、自宅で習字教室を再開し二十数年になる。
現在、週2回、小学生から大人まで40名ほどを指導。
いつまでも自分を磨き続けたいと月2回渋谷に通い学ぶ。
習字教室で大切にしているのは、あいさつ、思いやり、何より良いところを見つけてほめることだ。
「ものにも心がある」と紙や筆など道具を大切に使うこと、片付けまでしっかり指導する。
稽古を終えた子どもに夏はアイス、冬は焼き芋でねぎらい、ひとりひとり玄関まで見送る笑顔が目に浮かぶ。

孫と楽しむ

人に寄り添う喜び
今宿地域ケアプラザで高齢者対象の習字教室「とんぼの会」を指導するようになったのは7年前。
お互いを気遣いながら練習に励む姿に目を細めた。
先生としての人柄が人を呼び、今年開催した「初心者のための習字教室」から参加者10名が「とんぼの会」に入会した。
病のためにほとんどベッドで過ごす女性を訪ねたことも…
「啄木の詩を書きたい」とベッドから起き上がり楽しそうに筆をとった。
前向きな姿勢に心打たれ、
書の力を実感、人に寄り添う喜びを感じながら、背中を押してくれた次男の言葉を思い出していた。

ケアプラザ主催の習字教室で

迷いと葛藤
自分磨きのために稽古に通いながら、思い悩むことがあった。
書の世界では、真剣勝負の展覧会出展活動を通して技術を磨く。
しかし、出展活動に時間的、金銭的に行き詰まりを感じ悩んだ末、次男に相談。
「字のうまい人はたくさんいる。お母さんらしい生き方があるのでは?」
返ってきた言葉に迷いも未練も消え、道が開けた。
「稽古は続けるが出展活動をやめ地域に密着して役立ちたい。それが私らしい生き方」と。

優しく丁寧な指導

チャレンジし続ける

テレビ取材を受けて
「曲がり角を曲がるの好き。その先に何があるのか分からない」と本間さん。
愛読書『赤毛のアン』(モンゴメリ著)の主人公アンの前向きな生き方にひかれる。
30代に「向かない」と言われた書道を学び始め、50代に普通自動車免許取得し、今も新しいことにチャレンジし続ける。
一人でこつこつ頑張るタイプで、中学では陸上、高校ではテニスに打ち込む。
「私らしい生き方」をしている今、ありのままの自分が大好きだ。
子どものころから土に親しみ庭には花が絶えない。
種をまき花を育て、人にプレゼントするのが好きだ。
「義母が…」
取材中、いつのまにか話が本人でなく義母のことになっている。
それほどに尊敬、信頼する女性だった。
義母の書道での名『詩舟(ししゅう)』から一文字もらい、「おかあさんの香りがするように」と名付けられた『詩香(しこう)』
今、教室は自らが放つ優しい香りで周囲の人々を包み込む。
(平成28年9月記)